新連載

【新連載】からだはすべてプライベート 〜「いや」と言える体験が子どもを守る〜   4 回シリーズ(3)

京都あいこ助産院院長・株式会社PLATICA代表取締役 渡邉安衣子

 文部科学省が2020年度から全国で推進している「生 命(いのち)の安全教育」をご存知ですか?性暴力か ら子どもを守るためのプログラムで、子どもが自分の 体や心を大切にし、困ったときに「助けて」と言える 力を育てることが重視されています。小・中・高校だ けでなく、幼児期からのプログラムもきちんと用意さ れています。

 性暴力から子どもを守るには、「知らない人につい ていかない」という教えだけでは不十分です。加害者 の多くは顔見知りの大人や身近な存在で、雑談や特別 扱い、プレゼントなどを通して信頼を得てから少しず つ境界線を超えていきます(こうした行為は「グルー ミング」と呼ばれます)。だからこそ、「水着で隠れる 部分だけがプライベート」という教え方では、子ども を守りきれません。

 ユネスコの『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』 には、「自分のからだに、誰がどう触れるかを決める 権利は自分にある」と明記されています。一部のパー ツを限局することなく、子どもの体全部が “自分の大 切な場所” であり、触れていいかどうかを決めるのは 本人。大人はその気持ちを守る存在でありたいですね。

実践の第一歩は、日常の中で「いや」と言える経験を積み重ねることです。

 たとえば、先生や保護者との「こちょこちょ遊び」。 子どもが笑いながらでも「やめて」と言ったら、すぐ にやめる。そうすることで、「NO は尊重されるもの」 という体験が残ります。遊びの中でふざけ合いながら でも、相手の「いや」を止める姿を見せることが、子 どもの安心につながります。

 また、先生方自身が子どもの「いや」を受け止める 姿勢を示すことも大切です。「そんなこと言わないの」「どうして?」とすぐ諭すのではなく、「そうなんだね、 いやだったんだね」と受け止める。たったそれだけで、「この園では『いや』を言っても大丈夫なんだ」とい う安心感が生まれます。迷っているときの「うーん…」 や表情の変化も「NO」と同じように尊重していきま しょう。

 日本では「相手に悪い」「我慢するのがえらい」と 教わることが多く、つい「断る」ことに罪悪感を抱き がちです。けれども、毎日のやりとりの中で「いや」 を伝えたり、受け止めたりする経験を重ねること。そ の小さなコミュニケーションの積み重ねこそが、子ど もを守るいちばんの防犯になります。

 絵本や動画を活用するのもおすすめです。『はじめ にきいてね こちょこちょモンキー』(大日本図書)は、「いや」と言ったら止める、を楽しく伝えられます。 海外の教育動画 “Consent for Kids”(YouTube)も、 子どもにわかりやすく「同意(Consent)」を学べる 内容です。こうした教材を通して、職員研修などで大 人も「子どもの人権」について考えるきっかけにして いただければと思います。

  性教育は特別な時間だけで行うものではなく、毎日の関わりの中で育っていくもの。子どもの「いや」を尊重し、大人も「いや」と言える社会をつくること。その積み重ねこそが、子どもの命と心を守る確かな力になります。