滋賀大学非常勤講師 中東 朋子
◇柔らかい発想で
早速ですが、初めに頭の体操にチャレンジしてみましょう。
9つの点があります。この 9 つの点を 4 本の直線でつないでください。

〈ルール〉
・一筆書きで書く
・直線を途中で折ったり曲げたりしない
・一度なぞった線を再度なぞらない
みなさん、わかりましたか?
これは、比較的有名な問題なので、ご存じの方もあると思います。正解は、インターネットでも見られますが、まずは、ご自身で考えてみてください。ヒントは、柔らかい発想。
実は、私は、全く歯が立たなかったのです。確かに、「線の起点、終点は点でないといけない」とはどこにも書いていません。でも、なぜか自分自身に「線は点から引いて点で終わらねばならない」と思い込んで、四苦八苦していました。「枠」にはまった柔軟性に欠ける発想しかできていなかったのです。普段の生活の中でも、「枠」の中でしか考えられなくなっていることってないだろうかと思わず反省しました。
私たちは、子どもたちを見るときも、「こうあらねばならない」と自分の枠の中にはめようとしていないか振り返ってみる必要があります。自分自身で「自分の枠」を広げるというのはなかなか難しいものです。
しかも、「子どものため」といいながら、知らず知らずのうちに自分の都合の良いようにこどもを「枠」にはめようとしていることも少なくありません。
◇「!」を「?」に変えて
高いところが大好きな A さんは、すぐに、ジャングルジムの一番上まで登っていきます。みんなで他の活動をしようとしている時にも、あっという間に、上まで登って、なかなか降りて来てくれません。「A さーん、どうしてそんなところに登るの!降りてきなさい!」と大声で呼んでも降りて来てくれません。このようなことが繰り返しあると、ジャングルジムに登らないように、A さんの手をつかんでおくということになりがちです。私も、昔ならともかく、年と共に自分がジャングルジムに登るのが億劫になるとなおさら、Aさんの手をつかんでジャングルジムに行けないようしてしまうでしょう。でも、こんな時、「A さんは、どうしてジャングルジムの上に登るのだろう?」「何を見ているのだろう?」と「!」を「?」に変えてみたいものです。そして、A さんのところまで登って行って並んで座り、「お空がよく見えるね」としばしおしゃべりし、それから、「じゃあ降りようか」と誘うと案外一緒に降りて来てくれるものです。子どもが、こちらが考える「枠」からはずれ、何か「困った」行動をしたときに、「何でそんなことするの!」ととらえるのではなく、「何でそんなことをするの?」と、「!」を「?」に変え、柔らかい発想で子どもを見ると、新たな発見があるのです。
◇できることから始めてみましょう
子どもたちを新たな目で見るといってもなかなか難しいですが、できることから始めてみましょう。例えば、誰かの様子を話すとき、どんな順で話すでしょうか?
① 〇〇さんは、絵をかくのは上手だが、走るのがとても遅い。
② 〇〇さんは、走るのがとても遅いが、絵をかくのが上手だ。
同じことを言っているのに、①と②では随分印象が変わります。①なら「速く走れるようにしなければいけない。」と思ってしまいますが、②だと「絵が上手ならこんなことができるかな」と前向きな発想になります。
ちょっとした違いですが、②の順で子どもの姿をとらえることを重ねていると、少しずつとらえ方が変わってきて、子どもたちを新たな目で見ることにつながります。少しずつ自分自身の「枠」を広げる第一歩です。
京都あいこ助産院院長・株式会社PLATICA代表取締役 渡邉安衣子
性教育というと「何を教えたらいいの?」と迷う方が多いですが、本当に大切なのは “教える内容” よりも “大人の姿勢” です。子どもは大人の言葉以上に、表情や態度から安心を読み取ります。「この先生は私の気持ちを受け止めてくれる」「ここは話していい場所なんだ」と感じられることこそ、子どもを守る力になります。
第1回では、性教育は “人権教育” であり、幼児期こそがその土台を育てる大切な時期だとお伝えしました。体はすべて自分だけの大切な場所であること。気持ちを言っていいこと。それを支えるのは、日常の中での大人の小さな声かけです。
たとえば、子どもが着替えの途中で「先生、見て〜!」と呼んできたとき。「今は着替えの時間だから、見ないようにするね」と優しく伝えるだけで、「見せていい時・見せたくない時がある」という感覚を自然に身につけます。特別な教材がなくても、日々のやりとりがそのまま性教育になります。
第2回では「男の子だから」「女の子だから」という決めつけから自由になる大切さを見てきました。幼児期の子どもたちは、「あの子はこうしてるけど、私はこうしたい」と “自分らしさ” を探す時期です。だからこそ、スカートをはきたい男の子や、活発に遊びたい女の子に、大人がさりげなく「好きな遊びはだれでもしていいよ」と伝えることで、子どもの “本当にしたい気持ち” をそっと守ることにつながります。
第3回では、性暴力から子どもを守るために欠かせない「NOと言える力」について考えました。こちょこちょ遊びで「やめて」と言ったらすぐ止める。友達との関わりで「いや」を尊重する。こうした小さな積み重ねが、子どもに「気持ちを言っていいし、聞いてもらえる」という確かな経験になります。
そして最終回となる今回は、園全体で性教育を育てていくための実践のヒントをお伝えします。まずは、けんかの場面で「謝りなさい」よりも、「○○ちゃん、悲しかったかな?あなたはどう思う?」と気持ちに目を向けること。気持ちを言葉にする経験は、子どもの“心の境界線” を育てます。また、保護者から「子どもがこんなことを言って…」「こんな行動があって不安です」という声があがったときは、ぜひこう伝えてみてください。
「園でも一緒に考えていきます。家で困ったら、いつでも言ってくださいね。」
性の話題は保護者にとって大きな不安が伴うことが多いものです。先生からこの一言があるだけで、「相談していいんだ」と心がほどけ、孤立していた辛い気持ちがほっと緩みます。性教育は園だけでなく、家庭とのチームワークが不可欠です。
性教育は特別な知識ではなく、人としてのやりとりの延長線上にあります。大人が変わると、子どもも必ず変わります。明日からも、子どもたちとともに「安心して生きる力」を育てていきましょう。
京都あいこ助産院院長・株式会社PLATICA代表取締役 渡邉安衣子
文部科学省が2020年度から全国で推進している「生 命(いのち)の安全教育」をご存知ですか?性暴力か ら子どもを守るためのプログラムで、子どもが自分の 体や心を大切にし、困ったときに「助けて」と言える 力を育てることが重視されています。小・中・高校だ けでなく、幼児期からのプログラムもきちんと用意さ れています。
性暴力から子どもを守るには、「知らない人につい ていかない」という教えだけでは不十分です。加害者 の多くは顔見知りの大人や身近な存在で、雑談や特別 扱い、プレゼントなどを通して信頼を得てから少しず つ境界線を超えていきます(こうした行為は「グルー ミング」と呼ばれます)。だからこそ、「水着で隠れる 部分だけがプライベート」という教え方では、子ども を守りきれません。
ユネスコの『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』 には、「自分のからだに、誰がどう触れるかを決める 権利は自分にある」と明記されています。一部のパー ツを限局することなく、子どもの体全部が “自分の大 切な場所” であり、触れていいかどうかを決めるのは 本人。大人はその気持ちを守る存在でありたいですね。
実践の第一歩は、日常の中で「いや」と言える経験を積み重ねることです。
たとえば、先生や保護者との「こちょこちょ遊び」。 子どもが笑いながらでも「やめて」と言ったら、すぐ にやめる。そうすることで、「NO は尊重されるもの」 という体験が残ります。遊びの中でふざけ合いながら でも、相手の「いや」を止める姿を見せることが、子 どもの安心につながります。
また、先生方自身が子どもの「いや」を受け止める 姿勢を示すことも大切です。「そんなこと言わないの」「どうして?」とすぐ諭すのではなく、「そうなんだね、 いやだったんだね」と受け止める。たったそれだけで、「この園では『いや』を言っても大丈夫なんだ」とい う安心感が生まれます。迷っているときの「うーん…」 や表情の変化も「NO」と同じように尊重していきま しょう。
日本では「相手に悪い」「我慢するのがえらい」と 教わることが多く、つい「断る」ことに罪悪感を抱き がちです。けれども、毎日のやりとりの中で「いや」 を伝えたり、受け止めたりする経験を重ねること。そ の小さなコミュニケーションの積み重ねこそが、子ど もを守るいちばんの防犯になります。
絵本や動画を活用するのもおすすめです。『はじめ にきいてね こちょこちょモンキー』(大日本図書)は、「いや」と言ったら止める、を楽しく伝えられます。 海外の教育動画 “Consent for Kids”(YouTube)も、 子どもにわかりやすく「同意(Consent)」を学べる 内容です。こうした教材を通して、職員研修などで大 人も「子どもの人権」について考えるきっかけにして いただければと思います。
性教育は特別な時間だけで行うものではなく、毎日の関わりの中で育っていくもの。子どもの「いや」を尊重し、大人も「いや」と言える社会をつくること。その積み重ねこそが、子どもの命と心を守る確かな力になります。
京都あいこ助産院院長・株式会社PLATICA代表取締役 渡邉安衣子
「男の子なのに泣かないの!」「女の子が戦いごっこなんてしないのよ!」
先生方も、こんな言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。幼稚園の生活の中には、子どもたち自身ではなく、大人の目線がつくり出す「男らしさ」「女らしさ」が入り込んでしまうことがあります。
私たちは無意識のうちに性別による思い込みを持っています。たとえば「男の子は強い・泣かない」「女の子はやさしい・控えめ」といったイメージです。こうした“ジェンダー” は、生物学的な性別とは別に、社会や文化がつくり出した役割やイメージのことを指します。だからこそ、大人が気づき、学び直すことで、子どもたちがのびのびと「自分らしさ」を育てていける環境をつくることができるのです。
園生活の中を見渡すと、意外なところに「性別の枠」が潜んでいます。
・列をつくるときに「男女」で分けてしまう
・ 持ち物や名札の色を「男の子は青」「女の子は赤」
と決めている
・劇遊びで役を性別ごとに振り分ける
もちろん効率を考えると便利に思えることもありますが、同時に子どもの自由を狭めてしまう場面にもなり得ます。たとえば男の子がスカートをはいて楽しそうにしているときに「変だよ」「笑われちゃうよ」と言われたら、心は傷ついてしまいますよね。反対に「好きな遊びは誰でもしていいんだよ」と伝えてもらえたら、安心して自分を表現できるはずです。
調査によれば、性別に違和感を持つ子どもの56.9%が「小学校入学前にすでに感じていた」と答えています(中塚,2017)。「そんなのダメ」と否定され続けると深い傷につながりますが、逆に「好きなことをしていいんだよ」「困ったときは大人に話してね」と伝えることは、その子の心を守る力になります。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』(2018年改訂)でも、ジェンダー平等は包括的性教育の大切な柱のひとつとされています。幼児期から「性別で役割を決めつけない」「多様性を認め合う」ことを伝えることが、子どもの安心や社会での生きやすさにつながるのです。
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実践のヒント
・並び方を工夫:必要でないときは男女で分けな
い
・配役を工夫:劇遊びの役は、立候補を大切にして決める
・色の固定観念を崩す:色は自由に選べるようにする
・声かけを工夫:「男の子だから泣かない」ではなく「泣いてもいいんだよ、気持ちを大切にしようね」
・自己決定を尊重:「やりたい」「やめたい」と言える場面を増やす
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保育者にできることは決して特別なことではありません。日常の中で「性別で分ける」習慣を見直し、子どもが自分の好きや気持ちを安心して表現できるように寄り添うこと。それだけで子どもは「自分らしさ」を堂々と大切にできるようになります。先生方の小さな工夫や声かけが、子どもの未来を支える大きな力になるのです。
参考・引用
・封じ込められた子どもその心を聴く〜性同一性障害の生徒に向き合う 中塚幹也著 ふくろう出版
・国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版】 ユネスコ編、浅井春夫ら訳 明石書店
京都あいこ助産院院長・株式会社PLATICA代表取締役 渡邉安衣子
「性教育」と聞くと、まだ幼児期の子どもには早いのでは…と思われる方も多いかもしれません。けれども、現代の子どもたちの暮らしを見てみると、そうは言っていられない現実があります。
たとえば、保護者や兄姉のスマートフォンを借りて遊ぶこと。SNS やYouTube を一人で見ていて、思いがけず過激な映像に触れることもあります。内閣府の調査(2023年)によれば、小学生の約6 割が低学年のうちからインターネットを利用し、未就学児でもすでに3割近くが使っていると報告されています。幼稚園児だから安心、という時代ではなくなっているのです。
さらに怖いのは「知らない人に気をつけなさい」だけでは守れないこと。警察庁「令和5 年版犯罪白書」では、幼い子を狙った性犯罪の加害者の7 〜8 割は顔見知りだったと示されています。信じていた相手から傷つけられることがあるからこそ、子ども自身が「いやと言っていい」「自分の体は大切」と思える力を持つことが大切です。
ユネスコが発行する「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(2009年/2018年改訂)でも、5 歳からの子どもに発達に応じた性教育をすすめています。ここでいう性教育は、思春期や性行為のことだけではありません。人との関わり、境界線、同意、SOS の出し方、ジェンダーや多様性の理解…すべてが『生きる力』に直結することばかりです。そして世界的な研究でも、そのような包括的な性教育を受けた子ほど性に慎重になることが確かめられています。では、幼稚園でできることは何でしょうか。特別なカリキュラムを用意する必要はありません。着替えのときに「人の体はみんな大切だから、じろじろ見ないようにしようね」と伝えること。遊びの中で友達に「いや」と言った子を「そうだね、いやなんだね」と受け止めること。男の子がスカートをはいて遊んでいる姿をからかう声があがった時には「好きな遊びはだれでもしていいんだよ」と伝えること。こうした日常のやりとりこそが、子どもにとっての大事な性教育になります。
保護者からも「子どもが性器を触って困る」「どう答えたらいいかわからない質問をされる」という声が寄せられます。「『恥ずかしいから隠す』『黙らせる』といった対応は、子どもに『体は恥ずかしいもの』『性は聞いてはいけない』と伝わってしまいます。性教育は恥ずかしいことでも特別なことでもありません。自分の体を大切にし、友達の体も大切にできる気持ちを育てることは、子どもにとって大切な権利につながります。
残念ながら日本では「性教育」という言葉に偏見が残っていますが、本来は「自分も友達も尊重しながら生きる力」を育てる学びです。その始まりが、まさに幼児期。先生方のちょっとした言葉がけで、子どもは「自分は大事にされている」と感じ、その積み重ねが未来の安心や自信になっていきます。「性教育=人権教育」という視点を出発点として、4 回の連載を通して、一緒に考えていきましょう。
京都府・京都市スクールカウンセラー臨床心理士 大下 勝
これまで私自身の小中高のカウンセリング活動を振り返って、幼児期の子どもへの関わりにおいて大切なことをお伝えしてきました。最後となる今回は、不登校と幼児期の体験についてお話したいと思います。不登校はずっと教育現場での大きな課題となっていますが、不登校とは何なのでしょうか、どうして不登校が起こってしまうのでしょうか。
まず、現在の不登校対応は学校に登校することを絶対と考えずに子どもに寄りそった方法と環境で教育的支援を行う方針に変化してきています(文部科学省生徒指導提要2022年12月)。そして現場の声として、学校を休みがちの子どもたちからは、友だちとうまくいかなくて居場所がない、学校のルールがどうしても苦痛に感じる、勉強が全くわからなくてつらい、周りと同じようにできないのがつらい、親や先生が自分のしんどさをわかってくれないなどの悲鳴と言っていい困りや苦しさをよく耳にます。その背景には、性格特性や愛着課題、家庭環境、周りの理解不足などが影響している場合があり、発達や学習において診断がでるレベルのものもあります。これらは子どもたち自身ではどうすることもできないものが多く、自分自身のこととしてこれからずっと抱えて生きていくしかない重大な課題がほとんどです。ですので、周りの支援が本当に大切になります。そしてそのためには、子どもが自分の困りの核心に気づいて、それを隠さずに周りに相談する必要があります。しかし、これは簡単なことで
はなく、とても怖いことと感じる子どもが多いようです。私見ですが、不登校とは、学校における困りにうまく対処できず、適切な支援もなかったため、子どもが自らを守るための最後の手段として選択した行為であると言えます。このように考えると、不登校はあくまで結果であり、それ自体に良し悪しはありません。
「不登校はよくないので、学校行きなさい」と強く言っても子どもは動けないのです。子どもの困りとその背景を理解し、子どもに合った対応を考えないと意味がないことが良く分かると思います。国の方針もそのように変化しつつあるのではないかと考えます。
幼児期は以前の掲載でお伝えした通り、言葉を覚えはじめるとても重要な時期です。感じているものを言葉で表現する練習や、安心できる環境で、正しいとか間違っているとかを気にせずに自分の思いを話せることが大切です。その体験がきっと怖がらずに周りに頼ってもいいと思える子どもの感覚につながっていくと思います。
子どもたちが未来の課題を乗り越えるために、今体験してほしい大切なことをお伝えしてきましたが、いかがだったでしょうか。あまり具体的ではなかったかもしれませんが、子どもとの関わりの軸となる姿勢についてはお話できたかと思います。少しでも教員の先生方の一助になれれば幸いです。貴重なお時間をありがとうございました。
京都府・京都市スクールカウンセラー臨床心理士 大下 勝
スクールカウンセラーとして学校現場で勤務していますと、先生方から子どもの問題行動に関する相談を受けることがあります。例えば、授業中立ち歩く、よくトラブルを起こして暴力をふるう、自分の良くなかった行動を認めず絶対謝らないなどです。子どもの成長過程では経験不足によって問題行動が起こることはよくありますが、何回注意しても変化がない場合は、子ども自身もうまくコントロールできずに困っていることが多いです。同じことを何度も繰り返しますので、感情的な対応になってしまうこともあるかと思います。
そして、子ども自身を否定するような関わりを多くしてしまうと問題行動がさらに悪化することがあります。本当は本人自身が困っているのに、繰り返し否定され続けると、「自分はダメな人間だ、どうせがんばってもできない」と思うようになり、自尊心や自己効力感が低下していきます。この状態になると回復するのにかなり時間がかかることが多いので、問題行動が多い子どもには慎重に対応する必要があります。
では、どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。人にはそれぞれ生まれ持った個性があり、様々な性格特性があります。その特性が日常生活を問題無くおくれるものであればいいですが、偏りが大きい場合は本人も周りの人も大きな困りを抱えることがあります。特に幼稚園から小学校にかけては、ルールが増えてきて、性格特性が原因で適応できなくなる子どもが出てきます。困りがあまりにも大きい場合は、医師により診断がおりることもあります。ここで特に注意したいことは、診断は本人にレッテルをはるものではなく、本人を理解する助けになるものでなければなりません。言い換えると、診断がでるほど本人は困っているので、周りがしっかり配慮する必要があるということです。さらに、育った環境によっては、愛着課題を持つ子どももいます。生まれ持った性格特性とは違うのですが、同じような問題行動を起こします。ただ、性格特性が原因の場合は本人にあった環境に調整することで、ある程度落ち着くと言われていますが、愛着課題の場合は、違う問題行動に変化したり、大人を振りまわすようなお試し行動が起こったります。これら性格特性と愛着課題に関してはかなり専門的な内容になりますので、可能ならキンダーカウンセラーなどの専門家に相談されることをお勧めします。
幼稚園の先生方におかれましては、すでに専門書や研修等で幼児期の子どもの理解や対応について幅広く学ばれていることと思いますが、実際にはなかなか難しいケースも多いのではないでしょうか。そういったときに今一度、「子どもの言動には必ず背景があり、理由がある、子ども自身が困っている」ことを再確認していただけますと、(前回の会報でお伝えしたように)子どもの言動は注意したとしても、子ども自身がしっかり受けとめられたと感じる関わりができるのではないかと思います。
京都府・京都市スクールカウンセラー臨床心理士 大下 勝
学校カウンセリングでは、親と子どもの話を別々に 聴くことがあります。その中で何回か経験したことで すが、親は「子どもにどう考えても正しいことを話し ているのに、全く伝わりません」と困りを訴え、子ど もは「親は私の話を全く聴いてくれない、私のことを 全く分かってくれない」と憤っています。親の話をさ らに聴いていきますと、子どもの言動について、間違 っていることや正しい考え、適切な行動を何とかして 子どもに教えたいという強い思いがあることが分かり ます。一方、子どもの話を深めていきますと、自分の 感じたことや考えたことを親に分かってほしい、自分 という存在をそのまま受け容れてほしいという切実な 思いがあることが分かります。これは教員と子どもで も起こることがあります。どちらも大切な思いですが、 多くの場合は、大人が子どもを注意することになり易 く、分かってもらえないという不全感が子どもに生ま れます。お互い感情的になり関係が悪くなる場合もあ ります。カウンセラーとしては、どちらの思いも大切 なのに、本当に悲しいすれ違いだと思います。
さらに、子どもが分かってもらえないと感じる体験 を多くしますと、「大人に話しても意味がない、どう せ聴いてもらえない」と大人に強い不信感を持つこと があります。こうなると、子どもだけで解決できない 問題が起こっても大人に相談しないですし、大人に反 抗的な言動が目立つようになります。自分の部屋に閉 じこもったり、ネットの世界にしか居場所を見つけら れなかったりする場合もあります。長い目で見ると意 味があるとも言えますが、大人も子どももかなりつら い体験になります。
では、どうすれば子どもの思いを大切にしながら、 正しいことを伝えられるのでしょうか。それは、会話に「主語」と「動詞」をしっかり付けることです。例 えば、子どもが「勉強したくない、しても意味が無い」 と言い、「何言っているの、勉強しないと将来困るわよ、怠けずちゃんとしなさい」と返すと、子どもの思いを 否定することになります。「主語」と「動詞」を付け ると、「あなたは勉強したくないと思っているのね、 そして勉強しても意味がないと思っているんだね、でも、お母さんは勉強することに意味があると思ってい るよ」と返すと、子どもの思いを否定せずに、正しい ことを伝えることができます。本来は、それぞれ個人 が思っていることですが、「主語」と「動詞」を省略 すると内容が一般化されて範囲が広くなり、反対の内 容を全て否定してしまいます。多くの場合は、これが 原因ですれ違いが起こっています。
幼児期では、まだ言葉がうまく使えず、多くのすれ 違いが起こり易い時期です。優しい雰囲気で正しいこ とを伝えるだけでなく、「あなたは、そう思ったのね」 と子どもが伝えたいことをしっかり受けとめていただ ければと思います。それは、思っていることを大人に 伝えてもいいという経験になりますし、子どもにとっ てそのまま受け容れてもらえる安心で安全な環境であ ると言えるでしょう。

女の子が園庭の 隅に作った小さなお やま。せっせせっせ ポンペンペン! とも だちもどんどん加わって、 せっせせっせ せっせせっせ ポンペンペン! おやまは どんどん大きくなります。
町の人や動物たちも加わって…。
繰り返しのリズムが心地よく、年齢問わず楽しめる作 品です。細かく丁寧に書かれた絵は見返すたびに「こんなところにこんな子がいる!」「生き物もいた!」「何の お仕事をしている人かな?」と何度も楽しめます。
同志社幼稚園 伊澤 香那
京都府・京都市スクールカウンセラー臨床心理士 大下 勝
私は、幼小中高のカウンセラーとして縦断的に子ど もの成長に 20年以上関わってきました。本掲載では、その体験を通して幼児期の子どもへの関わりにおいて 大切なことをお伝えしたいと考えています。
子どもの悩みは様々ですが、その背景には必ず人間 関係があり、それぞれの感情や思いがすれ違ったり、ぶつかったりしています。カウンセリングでは、そういった感情や思いをさらに深めて整理し、悩みとどう 向き合うかを一緒に考えていきます。その過程において、とても大切なことがあります。それは、自分の心や身体が感じているものに気づいているかどうか、言葉として認識して表現できるかどうかです。自分の感じているものを言葉として認識していないと、考え無しに行動してしまうこともありますし、振り返って考えることも深めることもできません。カウンセリングに限らず、感じているものを言葉で表現できる能力が 育っているかどうかは、人生の豊かさや生き易さに大きく影響します。
例えば、学校ですごくまじめで人に優しくできる子 どもがいました。大人から見ても理想的な子どもです。 そのような子どもが突然体調不良になり、不登校にな ることがあります。その子の場合は、まじめ過ぎるが 故に、大人が期待する行動を優先し、自分が本当はど うしたいのか気づけなかったので、ストレスで体調不 良になっていました。 また、生まれ持った性格特性があり衝動的に行動し 易い子どもがいました。自分の今感じているものに意 識を向ける前に行動してしまい、いつも注意されてばかりで学校が嫌になり、大人に反抗的な態度を取るよ うになっていました。他にも似たような事例を多く経 験してきましたが、それらの課題に本人が向き合っていくには、自分の感じているものを言葉で表現できる ことがとても重要でした。
言葉は 1 歳前後から話し始めると言われていますが、まさに幼児期に基礎となる大量の言葉を獲得していき ます。そして、子どもが心と身体で感じているものを どの言葉で表現すればフィットするのかの試行錯誤も この時期に多く経験しています。例えば、子どもが園 庭に咲いているお花を見て何かを感じている、そのと きに教員が「きれいだね」と微笑む。おもちゃの取り 合いになって泣いている子どもに「悲しいね」と声を かける。夢中で絵を描いているときに「楽しそうだね」と一緒に笑う。もちろん、本人がどう感じているかを尊重する必要はありますが、最初は感情を表現する言葉を積極的に伝えていいと思います。何か違ったら本人の表情に出ると思いますし、そういった経験の中で フィットする言葉を本人が選択していきます。
幼児期は、自分の言いたいことを言葉で表現できる ようになって嬉しくて仕方ない時期だと思います。幼稚園の先生方には、そのような積極的に言葉を獲得するタイミングに「感じているものを言葉で表現する」 体験を特に意識して関わって頂ければと思います。それは子どものこれからのより良い人間関係の一助にな ることと思われます。