京都市立音羽川小学校 校長 阿部 正人
私は毎朝、正門付近で登校指導を行っています。ほとんどの子どもたちは元気に集団登校でやって来ますが、毎年、泣きながらお母さんと登校してくる1 年生や、校舎の入口でお母さんに抱きついて離れられない1年生の姿も見られます。どこの学校でも見られる光景ではないでしょうか。「少しでも早く小学校生活に慣れてほしい」。いつもそう願っています。
そこで今年 2 月の半日入学では、子どもたちが小学校って楽しいなと一層感じられるように、実施方法を工夫しました。令和6 年度までは1 年生の教室だけで活動を行っていましたが、令和7 年度は、1 年生の教室とその隣にある「架け橋ルーム」、さらに学校図書館の3 か所を活用して実施しました。架け橋ルームでは、グループでカプラ遊びを楽しんだり、教員のギター演奏に合わせて歌を歌ったりしました。学校図書館では読み聞かせを楽しみ、教室では画用紙いっぱいに好きな絵を描いて過ごしました。
グループ活動では、初めて出会った子ども同士が積極的にコミュニケーションを図る姿が見られ、私たちも大変驚かされました。本校では全教職員が半日入学に関わり、多くの目で子どもたちを見守っています。そのため、一人一人の様子を入学前から丁寧に把握することができました。
こうした半日入学を経て、約50名の子どもたちがこの春、本校に入学してきました。入学後も新たな取組は続きます。「スタートカリキュラム」の充実を図りました。これは、幼児教育から小学校教育への円滑な接続を目指すもので、子どもに安心感を与え、自己発揮できることを大切にした入学当初の教育課程のことです。これまでの小学校では、小学生になったら45分間しっかりと席に着き、国語や算数、道徳など、それぞれの教科を学ぶことが当たり前と考えられてきました。私自身も、それが大切だと考えてきました。しかし、スタートカリキュラムでは、「45分間、同じ教科を学び続けなければならない」という考え方にとらわれません。そこでは、「合科的・関連的な指導」と「弾力的な時間割の設定」の 2点が重要な視点となり、教員にも発想の転換が求められます。例えば、音楽と国語の学習を組み合わせたり、その前に短い遊びの時間を設けたりして、子どもたちの学習意欲が高まるよう工夫しています。
もちろん、このような取組を進めても、登校渋りが全くなくなるわけではありません。子どもや保護者にしっかりと寄り添うことが何より大切だと感じています。
それでも、スタートカリキュラムの実践を通して、小学校教員はこれまでの固定的な見方を見直し、幼児教育の視点をより意識できるようになりました。子どもたちが安心して学校生活をスタートできるよう、これからも幼児教育と小学校教育の円滑な接続を大切にしながら、架け橋プログラムの充実に努めていきたいと考えております。
京都市立音羽川小学校 校長 阿部 正人
架け橋プログラムをスタートし、「顔合わせ」「秋見つけ」「花の苗植え」「もうすぐ1 年生」と、一年間で4 回の交流を行いました。しかし、架け橋プログラムは園児と児童の交流だけではありません。幼保小の連携・接続を深めるために、様々な取組を進めています。
その一つが教職員同士の交流です。夏季休業期間中に幼稚園との合同研修会を実施しました。京都市教育委員会の架け橋コーディネーターをお招きし、架け橋プログラムの意義について学ぶとともに、それぞれの園・学校での取組について交流しました。合同研修会では、幼稚園の先生方のお話から多くの学びを得ることができました。特に印象に残ったのは、遊びを通した学びの充実や、行事づくりにおける子どもたちとの関わり方です。例えば、学習発表会では、劇づくりの過程で園児一人一人の思いや考えに耳を傾け、それらを台本に取り入れながら活動を進めておられるそうで
す。子どもたちが主体的に参加できるよう、時間をかけて粘り強く取り組まれていることに、私は大きな感
銘を受けました。
私はよく、「会話のキャッチボール」という言葉を使います。会話における言葉のやり取りをキャッチボールに例えています。会話の中では、相手が受け取りやすいボールを投げること、つまり、相手に分かりやすい言葉で伝えることが大切です。それ以上に、相手が投げてきたボールをしっかりと受け止めること、つまり、相手の思いや考えを丁寧に受け取ることが大切だと考えます。幼稚園の先生方のお話を聞きながら、私はまさにその「受け止める力」の素晴らしさを感じました。小学生よりさらに幼い子どもたちの思いや考えを丁寧に受け止め、活動につなげておられる姿に深く
感心しました。
その他の本校の取組として、空き教室を活用して「架け橋ルーム」を新たに設置しました。床一面にジョイ
ントマットを敷き、棚には、けん玉、コマ、カプラなどを置きました。園児と児童が交流したり、入学したばかりの1 年生が安心して楽しく過ごしたりできる環境づくりを進めています。
架け橋プログラムでは、「幼保小の連携・接続」という言葉がよく使われます。私は小学校教員として、これまで「小中連携」や「小中一貫教育」に関わる機会が多くあり、「小学校での学びを中学校でどのように生かしていくか」という視点を強くもっていたように思います。この考え方を幼保小の連携・接続にあてはめると、「園で育まれてきた力を小学校でどのように伸ばしていくか」という視点で教育活動を展開することが必要です。しかし、私自身つい
最近まで「新入生をいかに早く小学校生活に慣れさせるか」ということに重点を置きすぎていていたのかもしれません。架け橋プログラムに取り組む中で、そのような自分自身の意識に気付かされました。
架け橋プログラムは、子どもたちをつなぐ取組であると同時に、私たち教職員の学びをつなぐ取組でもあります。この取組を通して、子どもたちの育ちをより広い視点で捉えられるようになったことは、私自身にとっても大きな学びになったと感じています。
京都市立音羽川小学校 校長 阿部 正人
山科区にある京都市立音羽川小学校で校長をしております、阿部正人と申します。このたび、皆様とお出会いできる機会をいただき、大変光栄に思っております。心より感謝申し上げます。
さて、音羽川学区は、外環状線と五条通が交わる交 差点の北東エリアに位置し、北は三条通まで広がって います。近くには JR・地下鉄の山科駅や地下鉄東野 駅があり、交通の便に恵まれた地域です。かつては田畑が広がる地域でしたが、現在は閑静な住宅街となっています。
本校は創立46年目を迎え、令和8年度の児 童数は約350人、各学年 2学級、 1学級あたり30人前 後の規模となっています。また、学区内には南殿幼稚 園(園長 大村泰基先生)と、認定こども園の、計2園があります。
令和7年度より京都市立の全小学校で「幼保小の架 け橋プログラム」が実施されることとなり、本校でも 取り組みを開始しました。
このプログラムは、「架け 橋期にふさわしい主体的・対話的で深い学びの実現を 図り、子どもたちの多様性に配慮しながら、すべての子どもに学びや生活の基盤を育む」ことを目指すものです。
しかし、実際に何から始めればよいのか当初は 戸惑いました。それでも、保育・教育の質的向上をめざし、 3校園で手を取り合いながら、一歩一歩進めていくことにしました。
まずは計画づくりからです。これまで本校と2園との関わりは、他学年が生活科の学習で認定こども園を訪れたり、総合的な学習の時間に幼稚園と交流したりするといった限定的なものでした。校園長同士の関わりも、入学式や入園式などの儀式の場にとどまっていました。
こうした現状と課題を踏まえ、令和7年 5月中旬に、 3校園長による「第1回架け橋ミーティング」を開催しました。目指す子ども像について熱く語り合い、 子ども同士の交流や教職員間の交流・研修について も意見を交わしました。園長先生方のお話は新鮮で、 多くの学びを得る機会となりました。
その後、 2度にわたって、 2園の主任の先生方と 本校の幼保小連携・接続主任(教務主任が担当)が 参加する「架け橋ミーティング(実務者会議)」を 開催しました。ここでは、校園長間で話し合った内 容を具体化し、年間の見通しを持つことができました。 私自身も実務者会議の際に主任の先生方と少しお話 する機会がありました。先生方が豊かな経験をもとに、 笑顔で明るく保育・教育に向き合っておられる姿に 深く感銘を受けるとともに、これから始まる架け橋プログラムへの期待が一層高まりました。
そして令和 7 年 7 月 8 日、とても暑い日ではあり ましたが、年長児と 1 年生が本校の教室や体育館で、
「第1回交流会(顔合わせ)」を行いました。少しの 緊張と大きな期待が入り混じる中、子どもたちの目 はキラキラと輝いていました。 1年生がお兄さん・ お姉さんらしく振る舞う姿も、とても印象的でした。
このような素敵な出会いから、 3校園による架け橋プログラムがスタートしました……。
京都府立植物園 園長 戸部 博
幼児教育における自然体験は、「見て、触れて、匂いを嗅ぎ、音を聴く」多感覚のプロセスが重要だと感じています。京都府立植物園では、季節ごとの展示やワークショップ、職員・ボランティアによる解説や観察会などを通じて、子どもたちの学びの場をサポート
しています。短時間でも深い発見につながる工夫や導線づくりを心がけています。
具体例としては、夏休みの食虫植物の観察会や、園内植物の採集・保存法を学ぶワークショップ、アサガオの観察会、たねを使ったクラフトなど、五感と手を動かす活動を揃えています。こうした体験は、単なる知識の習得ではなく、子どもたちが「なぜ?」と問いを持ち、自分の言葉で自然を語るきっかけになります。観察を通じて芽生える疑問は、子どもたちの探究心を刺激し、学びを自分事として捉える力を育てます。
さらに、開園100周年記念事業としてワイルドガーデンに新設した「食草園」や「どんぐりの森」は、虫が食べる植物=食草と幼虫の関係、どんぐりや木の生活史=木が生まれてから枯れるまでの一生の流れを身近に体験できるフィールドです。園児にとっては「虫
はこわい」「どんぐりは拾うもの」といった先入観から一歩進み、命と命のつながりを自分の目で確かめる場になります。葉を食べる幼虫を見つけ、その葉を探し、どんぐりの芽生えを観察する―こうしたプロセスが、子どもたちに「生きものの循環」を実感させま
す。自然の中で起きている小さな変化を見つけることは、命の尊さを理解する第一歩です。
また、京都市動物園・京都水族館・京都市青少年科学センターと連携した 4 園館のワークショップや、府
内の生物多様性に関わる団体が集まる「いきものフェス!」など、異なる施設と横断的に学べる機会も拡充しています。園外学習を複数施設で組み合わせれば、動物・植物・科学技術の視点がつながり、子どもたちの理解は立体的になります。例えば、動物園で「食べる動物」を見て、植物園で「食べられる植物」を学ぶことで、命の連鎖を総合的に捉えることができます。こうした学びのネットワークは、子どもたちに「世界はつながっている」という感覚を育みます。
園庭で生まれた問いを植物園へ、植物園で生まれた発見を幼稚園へ―“往復する学び” を、皆さまとともに育てていければ幸いです。体験を重ねることで、子どもたちの感性は磨かれ、自然とともに生きる力が芽生えます。京都府立植物園は、その第一歩を支える場であり続けたいと願っています。さらに、こうした学びが家庭や地域にも広がり、日々の体験が積み重なることで、子どもたちの未来を照らす確かな “根” が育つと信じています。
京都府立植物園 園長 戸部 博
次の100年に向けて、京都府立植物園は「京都から世界の生物多様性保全に貢献する」ことを掲げています。その実践のひとつが、京都を中心とした社寺に残る歴史的樹木の命と物語の未来への継承です。
2024年の開園100周年記念式典では、接ぎ木や組織培養で増殖した京都府内の社寺に伝わる貴重な桜や梅の名木の苗木を記念植樹しました。住友林業との協働事業で新設の「伝承樹の苑(でんしょうじゅのその)」へも順次植栽し、災害や病虫害から文化を守る「分散保存」の仕組みづくりに取り組んでいます。一本の木に宿る歴史や文化を未来へつなぐことは、植物園の使命のひとつであり、名木の苗木増殖を支え、クローン技術の社会実装を通じて保全の裾野を広げたいと考えています。
この取組は、次の100年に向けた長期プロジェクトとして、2025年から本格化しました。将来的には、名木保全で培った技術を、世界の絶滅危惧種にも応用できると考えています。京都から発信する技術が、地球規模の生物多様性保全に寄与する未来を描いています。一方、希少植物の保全では、大学・研究機関や地域との連携が不可欠です。植物園は、京都大学や京都府立大学と協定を結び、絶滅危惧植物の増殖、標本・試料提供、教育プログラムの開発などを進めています。京都大学フィールド科学教育研究センターの研究林と連携し、域外保全や環境教育の実践を重ねることで、
研究の成果と市民教育をつなぐ役割を果たしています。
さらに、京都府の「きょうと生物多様性センター」と 協 働 し、府 内 の 多 様 な 主 体
―自 治 体、企 業、NPO、学校、研究者―
が連携するハブ機能を強化し、希少種保全、外来種防除、標本・情報の収集と共有、人材育成といった、保全のネットワークを生み出しています。拠点は植物園会館内に置かれ、活動の相
談窓口としても機能しています。こうしたネットワークは、地域から世界へ広がる生物多様性保全の基盤となります。
幼稚園教育への接点としては、名木や希少植物のストーリーを「語れる教材」にしていくことが鍵です。
一本の木から見える「地域の歴史」「文化」「科学」を、子どもたちの生活圏と結び直す。例えば、園庭の木と植物園の名木を比べる観察、落ち葉や種の標本づくり、季節の移り変わりの記録などは、探究・表現・共同学習を育む実践になります。植物園の「一本の木から学ぶ」プログラムの思想は、“知識の輸入” ではなく “自分の力で自然から学ぶ” こと。こうした体験が、子どもたちの「生きものと生きる感性」を育てると信じています。
京都府立植物園 園長 戸部 博
京都府立植物園は、1924年に日本で最初の公立植物園として誕生しました。私たちが掲げる理念は、植物を主役とする “生きた植物の博物館”。開園以来、四季折々の植物を通じて、人々に自然の豊かさと奥深さを伝えてきました。2024年の開園100周年を機に、時代の変化に応じて魅力と機能をさらに高める「100周年未来構想」をもとに、次の100年に向けての歩みを始めています。
未来構想の柱は、植物園のさらなる魅力向上、教育・学習・研究機能の強化、そして希少植物の保全体制の充実です。絶滅危惧植物栽培温室や高山植物室の整備に加え2024年には観覧温室のリニューアルを実施するとともに京都大学や京都府立大学などとの連携による教育・研究の深化を進めています。こうした取組は、植物園を単なる観光施設ではなく、未来に向けた植物の学びと保全の拠点へと進化させるものです。
こうした植物園のビジョンは、幼稚園や保育園での探究につながる「自然への入口」を広くひらくことでもあります。園庭の一隅にある草花や落ち葉、道ばたの苔や虫との出合いが、子どもたちの目をひらき、問いを生み、言葉を育てます。植物園では、季節ごとの展示やワークショップ、職員・ボランティアによる解説や観察会などを通じて、子どもたちの発達段階に応じた「自然にふれる学び」を体験していただけます。こうした体験は、子どもたちが自然と向き合い、感性を育む第一歩となります。
また、2024年には100周年記念事業を通じ、「恐竜時代の植物展」や国際シンポジウムなど、植物の進化や生態、文化との結びつきを多角的に体験できる機会を
設けました。さらに、夜間に植物園を開放する没入型体験「LIGHT CYCLES KYOTO」では、生物多様性をテーマに、光と音でさまざまな植物の世界への理解を促す新しい試みにも取り組みました。こうした体験は、幼児教育にとっても、五感を通じて「植物の不思議」を分かち合うきっかけになります。暗闇に浮かぶ花や葉のシルエット、音と光が織りなす幻想的な空間は、子どもたちにとって自然を感じる特別な体験となります。
幼児期の学びにおいて大切なのは、身近な自然に「名前を与えること」よりも、まず「気づく力」を育むことだと思っています。普段何気なく通っている道端や河川敷で草花を観察し、名前を知らなくても「この葉はザラザラしている」「この花は甘い匂いがする」と感じることから始まります。葉の形や色づきの変化、茎の手触り、色とりどりの花の香り、種の形や重さ — それらを比べ、語り合い、表現することが探究の土台になります。こうした積み重ねが、子どもたちの「興味が芽生え、学びへと広がる扉」を開いていくのです。
滋賀大学非常勤講師 中東 朋子
子どもたちと接するとき、どんな対応をしたらいいのだろうか、自分の対応は間違っていないだろうかと迷うことがよくあります。まだまだ知識が足りないからと、子どもたちとのかかわりに積極的になれないこともあるかもしれません。もちろん専門的な知識は大切ですが、まず「共にすごしたい」「相手のことを理解したい」という思いがあることが知識をも超える力を持っていると思います。
私は、今から30年ほど前、神奈川県にある特別支援教育総合研究所の研修での故・木塚泰弘先生との出会いからこのことを学びました。先生は、高校の時に中途失明されましたが、好奇心とチャレンジ精神で教育者・研究者として歩み続けられた方で、当時、視覚障害研究室の部長をされていました。一緒に研修にしていたのは、ほとんどが盲学校の先生。みなさん、視覚障害のある方の誘導方法もご存じで、ごく自然と接しておられました。私は、誘導の仕方も知らないし、点字も知らない、何もかも知らないので、遠くから眺めているばかりでした。しかし、先生とご一緒する中で、もっともっと先生のお話が聞きたいという思いがあふれ、少しでも先生と時間を共にしたいと思うようになると、思わず「みなさんのような知識はありませんがご一緒したいので、どうしたらいいか教えてください。」と、お願いしていました。先生は、「難しいことは何もないよ。一緒にいたいという思いが大事。」と優しくおっしゃいました。専門的な知識ももちろん大切。でも、「この人と共にいたい」「この子どもたちと一緒にすごしたい」と思う気持ちが第一に大事なのだということに気づきました。
とはいえ、特に、まだ言葉でのコミュニケーションが取れない子どもたちには、どう対応していいのか戸惑うことも多くあります。そんなときに、手掛かりになるのが、当事者の方のお話や出版物です。例えば、東田直樹さんが書かれた『自閉症の僕が跳びはねる理由』とその心の内が書かれています。また、昨年出版された『自閉症の僕の子供時代「だから毎日幼稚園に通えた」』(PriPri パレットブックス)は、幼稚園時代のエッセイをまとめたものです。自閉症の方がすべて同じ感覚、同じ思いというわけではないのですが、会話が難しい発達障害のあるお子さんの心の内を知る手掛かりになるでしょう。
東田さんは、言語でのコミュニケーションは難しいのですが、自作の文字盤等を使って自分の心の内を伝えておられます。また、NHK で2014年に放送された「君が僕の息子について教えてくれたこと」という番組では、映像を通して彼の様子やいろいろな思いが伝わってきます。この番組は、2025年11月に「時をかける TV」としても放送され、こちらの方は NHK オンデマンドでも見られます。機会があればぜひ見ていただきたい番組です。『自閉症の僕が跳びはねる理由』が世界20か国で翻訳されたきっかけになった、アイルランドの作家デイビッド・ミッチェルさんとのやり取りも収め
られています。ミッチェルさんは、重度の自閉症の息子さんが何を考えているのかわからず、どう愛していいのかわからずに途方に暮れていた時、この本に出会い「ナオキの言葉をかりて息子が話しかけてくれるのを感じた」という思いになり、この本を翻訳されたそうです。
ミッチェルさんと東田さんが直接会い、いろいろなお話をしたりされている中で、ミッシェルさんは、最も聞きたかったこととしてこんな質問をされています。
「お父さんとして、どうやって俺の息子を手伝うことができますか?」
東野さんは、文字盤を使いながら、ミッシェルさんに答えます。
「僕はそのままで十分だと十分だと。お子さんもお父さんのことが大好き。そのままで十分だと思っているはずだからです。おわり」
こう答えた理由は、「子どもが望んでいるのは親の笑顔だからです。」とも。
私たちは、「共にすごしたい」「相手のことを理解したい」という思いを大切に、今日も笑顔を忘れずに子どもたちを迎えたいと思います。
滋賀大学非常勤講師 中東 朋子
担当している特別支援教育の研修の中で、子どもを 見る時に「発達」の視点を大切にしてほしいというこ とを毎年お話してきました。私は、弱視の(視力の弱 い)お子さんの通級指導教室を担当したときに、「発達」 の視点を踏まえて子どもを見ることの大切さを、子ど も達そして、保護者の方から改めて教えられました。
皆さんの目の前に、みかんがあると思って、それを つかむ動作をしてみてください。多分、手全体、 5 本 の指を使ってつかむ動作をされたと思います。
もう少し小さい、大豆ならどうでしょう。大豆にな ると, 5 本の指ではつかめません。親指と人差し指と 中指の 3 本、あるいは、親指と人差し指の 2 本でつか む、「つまむ」という動作になったと思います。
では、もっと小さいゴマならどうでしょう?今度は、 確実に親指と人差し指の 2 本指が、しっかり向き合う つまり、「対向」していないとつまめません。
小さいころから視力の弱いお子さんは,この 2 本の 指が対向するというのがなかなか出てこないのです。 なぜでしょう? ゴマのようにちいさいものが見えな かったら、つまんでみようというモチベーションが生 じない、動機が生じないのです。このように、手指の 巧緻性など運動面の発達に影響します。
また、言葉の発達も、しっかり見えているお子さんより遅れると言われています。見えているお子さんは、「これ何?」「あれ何?」とたくさん質問して、言葉を 覚えていきますが、特に少し離れた「あれ?」は見え ないので質問する必然性が生まれにくいのです。論理 的思考も、発達の遅れがなくても、見えにくいお子さ んは遅れることが多いです。「不思議だなあ」という 現象が目に入ってこそ「どうして?」「なんで?」と いう思考に入っていくのですが、動機となる刺激が入っ てきにくいのです。
これも弱視教室での経験ですが、算数の文章題で 「500円で30円の鉛筆 4 本買ったらおつりはいくらで しょう」という問題に取り組んでいた時、「お金を使っ たら減る」という感覚がもう一つつかめていないことに気づきました。保護者の方とお話する中で、視力が
悪いと危険が伴うために、一人で買い物をする経験がないということがわかりました。そこで、机にむかっての学習は一時中断して、実際に買い物に行くというところから始めました。
子どもたちにとって、成長期のいろいろな刺激や経 験が、いろいろなことを獲得する大きな力になってい るのです。それらのことは、まるで積み木を丁寧に積 み重ねるように、積み重なっていろいろなことができ るようになっていきます。それが発達です。そして、 子どもたちの様々な生活経験が発達の背景にあります から、その子はどういうところで躓いているのかを考 えながら、足りないところを支えていくようにする必 要があるのです。特に幼児期には、生活や遊びの中に 子どもたちの発達をはぐくむ要素がたくさんあります。 登園して、自分の荷物のお片づけをする中で、コップ はコップ置き場に、タオルはタオル掛けに、かばんは かばん掛になど、同じものを同じところに片づけるこ と、思いっきり水遊びや砂遊びをしながら、「多い・ 少ない」「重い・軽い」などを理解すること、かずや ことばの学習の基礎になってきます。発達の一番基礎 になる基礎感覚の中には、視覚や聴覚、触覚と共に、 があります。注意が集中しない、姿勢がしっかり保て ない、友達とうまくかかわれない(すぐに手が出る、 上手くコミュニケーション取れない等々)ということ が課題になるお子さんが結構いらっしゃいますが、こ れは、この前庭覚(前庭感覚)、固有受容覚(固有感覚) と密接にかかわるところです。外遊びより、おうちの 中での遊びが増えるなど子どもたちを取り巻く状況の 変化などいろいろな背景があると思います。そんな状 況の中で、子どもたちの発達を支えるために私たちが できることを考えていきたいと思います。
滋賀大学非常勤講師 中東 朋子
◇柔らかい発想で
早速ですが、初めに頭の体操にチャレンジしてみましょう。
9つの点があります。この 9 つの点を 4 本の直線でつないでください。

〈ルール〉
・一筆書きで書く
・直線を途中で折ったり曲げたりしない
・一度なぞった線を再度なぞらない
みなさん、わかりましたか?
これは、比較的有名な問題なので、ご存じの方もあると思います。正解は、インターネットでも見られますが、まずは、ご自身で考えてみてください。ヒントは、柔らかい発想。
実は、私は、全く歯が立たなかったのです。確かに、「線の起点、終点は点でないといけない」とはどこにも書いていません。でも、なぜか自分自身に「線は点から引いて点で終わらねばならない」と思い込んで、四苦八苦していました。「枠」にはまった柔軟性に欠ける発想しかできていなかったのです。普段の生活の中でも、「枠」の中でしか考えられなくなっていることってないだろうかと思わず反省しました。
私たちは、子どもたちを見るときも、「こうあらねばならない」と自分の枠の中にはめようとしていないか振り返ってみる必要があります。自分自身で「自分の枠」を広げるというのはなかなか難しいものです。
しかも、「子どものため」といいながら、知らず知らずのうちに自分の都合の良いようにこどもを「枠」にはめようとしていることも少なくありません。
◇「!」を「?」に変えて
高いところが大好きな A さんは、すぐに、ジャングルジムの一番上まで登っていきます。みんなで他の活動をしようとしている時にも、あっという間に、上まで登って、なかなか降りて来てくれません。「A さーん、どうしてそんなところに登るの!降りてきなさい!」と大声で呼んでも降りて来てくれません。このようなことが繰り返しあると、ジャングルジムに登らないように、A さんの手をつかんでおくということになりがちです。私も、昔ならともかく、年と共に自分がジャングルジムに登るのが億劫になるとなおさら、Aさんの手をつかんでジャングルジムに行けないようしてしまうでしょう。でも、こんな時、「A さんは、どうしてジャングルジムの上に登るのだろう?」「何を見ているのだろう?」と「!」を「?」に変えてみたいものです。そして、A さんのところまで登って行って並んで座り、「お空がよく見えるね」としばしおしゃべりし、それから、「じゃあ降りようか」と誘うと案外一緒に降りて来てくれるものです。子どもが、こちらが考える「枠」からはずれ、何か「困った」行動をしたときに、「何でそんなことするの!」ととらえるのではなく、「何でそんなことをするの?」と、「!」を「?」に変え、柔らかい発想で子どもを見ると、新たな発見があるのです。
◇できることから始めてみましょう
子どもたちを新たな目で見るといってもなかなか難しいですが、できることから始めてみましょう。例えば、誰かの様子を話すとき、どんな順で話すでしょうか?
① 〇〇さんは、絵をかくのは上手だが、走るのがとても遅い。
② 〇〇さんは、走るのがとても遅いが、絵をかくのが上手だ。
同じことを言っているのに、①と②では随分印象が変わります。①なら「速く走れるようにしなければいけない。」と思ってしまいますが、②だと「絵が上手ならこんなことができるかな」と前向きな発想になります。
ちょっとした違いですが、②の順で子どもの姿をとらえることを重ねていると、少しずつとらえ方が変わってきて、子どもたちを新たな目で見ることにつながります。少しずつ自分自身の「枠」を広げる第一歩です。
京都あいこ助産院院長・株式会社PLATICA代表取締役 渡邉安衣子
性教育というと「何を教えたらいいの?」と迷う方が多いですが、本当に大切なのは “教える内容” よりも “大人の姿勢” です。子どもは大人の言葉以上に、表情や態度から安心を読み取ります。「この先生は私の気持ちを受け止めてくれる」「ここは話していい場所なんだ」と感じられることこそ、子どもを守る力になります。
第1回では、性教育は “人権教育” であり、幼児期こそがその土台を育てる大切な時期だとお伝えしました。体はすべて自分だけの大切な場所であること。気持ちを言っていいこと。それを支えるのは、日常の中での大人の小さな声かけです。
たとえば、子どもが着替えの途中で「先生、見て〜!」と呼んできたとき。「今は着替えの時間だから、見ないようにするね」と優しく伝えるだけで、「見せていい時・見せたくない時がある」という感覚を自然に身につけます。特別な教材がなくても、日々のやりとりがそのまま性教育になります。
第2回では「男の子だから」「女の子だから」という決めつけから自由になる大切さを見てきました。幼児期の子どもたちは、「あの子はこうしてるけど、私はこうしたい」と “自分らしさ” を探す時期です。だからこそ、スカートをはきたい男の子や、活発に遊びたい女の子に、大人がさりげなく「好きな遊びはだれでもしていいよ」と伝えることで、子どもの “本当にしたい気持ち” をそっと守ることにつながります。
第3回では、性暴力から子どもを守るために欠かせない「NOと言える力」について考えました。こちょこちょ遊びで「やめて」と言ったらすぐ止める。友達との関わりで「いや」を尊重する。こうした小さな積み重ねが、子どもに「気持ちを言っていいし、聞いてもらえる」という確かな経験になります。
そして最終回となる今回は、園全体で性教育を育てていくための実践のヒントをお伝えします。まずは、けんかの場面で「謝りなさい」よりも、「○○ちゃん、悲しかったかな?あなたはどう思う?」と気持ちに目を向けること。気持ちを言葉にする経験は、子どもの“心の境界線” を育てます。また、保護者から「子どもがこんなことを言って…」「こんな行動があって不安です」という声があがったときは、ぜひこう伝えてみてください。
「園でも一緒に考えていきます。家で困ったら、いつでも言ってくださいね。」
性の話題は保護者にとって大きな不安が伴うことが多いものです。先生からこの一言があるだけで、「相談していいんだ」と心がほどけ、孤立していた辛い気持ちがほっと緩みます。性教育は園だけでなく、家庭とのチームワークが不可欠です。
性教育は特別な知識ではなく、人としてのやりとりの延長線上にあります。大人が変わると、子どもも必ず変わります。明日からも、子どもたちとともに「安心して生きる力」を育てていきましょう。